辞書: ポストモダン

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ポストモダンとは

Wikipediaにはいろいろ定義があるようですが、自分の中では次のように捉えています。

  • プレモダン(前近代): 論理的でない
  • モダン(近代): 論理的である
  • ポストモダン: 論理的であることは一部にすぎない

ちょっと分かりにくいと思うので説明すると、 近代以前は論理というものは重要視されていませんでした。

で、近代になると、論理的であることが重要視されました。 それは、科学技術の発展というプラスの面も大きいですが、 「全てを論理的に分解すれば解決できる」という間違った考え方を 持つ人が増えてしまったというマイナスの影響も大きいです。

ポストモダンというのは、「◯◯すれば全て解決する」という 枠組み自体が脆いものだと分かったために起きたものです。

分析から知覚へ

ドラッカーのイノベータの条件の Part4 3章「分析から知覚へ 二一世紀の社会と世界観」に以下の記述があります。

今日われわれの眼前にある新しい現実は、すべて形態的である。 したがって、それらの問題を扱うには、概念的な分析とともに 知覚的な認識が不可欠である。新多元主義の不均衡状態、 グローバル経済と地球的環境問題、緊急に提示することが求められている 教育ある人間のモデルなど、すべてが形態的である。 したがって私は、読者に対し、考えるとともに見ることを求める。

自分の考えはだいたいドラッカーの後追いなんですが、 「分析=論理的=モダン」と解釈しています。

旧来の価値観=プレモダンとは限らない

あまり理解されてないなと思うのが、 近代以前の旧来の価値観に基づく価値観=プレモダンとは限りません。

例えば、よくある「自然のままがいい」という考えが、 「自然=良い、人工=悪い」という発想から出ているのなら、モダンの価値観に基づいています。 「科学的=良い、非科学的=悪い」という分け方も同じです。 何かを分けて考える発想そのものに囚われているなら、それはモダンの価値観です。

医者で言えば、エビデンス至上主義の医者がいたら、それはモダンの価値観、 エビデンスは重視するが、目の前の患者のためを考えられる人なら、 それはポストモダンの価値観だと言えます。