辞書: 渋沢栄一

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渋沢栄一とは

主に明治時代に活躍した実業家です。

ドラッカーの著書によく出てくる

渋沢栄一の名はドラッカーの著書によく出てきます。

探したところ以下の書籍にはなかったです。

  • 「経済人」の終わり
  • 産業人の未来
  • 企業とは何か
  • 現代の経営(上)(下)
  • 創造する経営者
  • 傍観者の時代
  • 経営者の条件
  • 非営利組織の経営
  • ポスト資本主義社会
  • 明日を支配するもの
  • ネクスト・ソサエティ
  • プロフェッショナルの条件
  • チェンジ・リーダーの条件
  • イノベーターの条件
  • 乱気流時代の経営
  • 未来企業

断絶の時代(1969)

「断絶の時代」p112には以下のように書かれています。

日本では経済発展を巡って20年に及ぶ論争があった。 それは経済学者の間で行われたのではななかった。 実際に産業をつくり上げた二人の企業家の間で行われた。

岩崎弥太郎と渋沢栄一の名は、日本の外では、 わずかの日本研究家が知るだけである。だが彼らの偉業は、 ロスチャイルド、モルガン、クルップ、ロックフェラーを凌ぐ。

岩崎は日本最大、世界最大級の企業集団三菱をつくった。 渋沢は90年の生涯において600を超える会社をつくった。 この二人が当時の製造業の過半をつくった。彼ら二人ほど大きな存在は他の国にはなかった。

この二人が、岩崎が51歳で早逝するまでの20年間、公の場で論じあった。 岩崎は資金を説いた。渋沢は人材を説いた。

今日では二人とも正しいことが明らかである。

(中略)

あるとき渋沢は、設立発起人に学歴がないという理由で、製糖工場に融資しなかった。 彼の間違いとしてよく知られた話である。 この製糖工場は渋沢以外の者から融資を受けて成功した。 しかしこの話は、渋沢の時代における日本の教育重視を示していた。

岩崎流の企業家精神が史上例のない資本形成をもたらし、 渋沢流の人材重視が30年後には史上例のない識字率と人材の形成をもたらした。 渋沢自身半世紀にわたって無給の指南役として活躍をつづけた。 多くの実業家、官僚の相談に乗り指導した。経済団体をつくり、教育訓練に携わり、 あらゆる種類の講座、セミナー、討論会を組織した。 岩崎が企業群を遺したのに対し、渋沢は一流大学、一橋大学を遺した。

マネジメント(1974)

マネジメント(上)には以下のような記述があります。

No.523あたり

マネジメントの発展には大組織の出現が必要だった。

(中略)

日本では、官界から実業家へ転身した渋沢栄一(1840〜1931年)が、 1870年代から80年代にかけて、企業と国益、企業と道徳について問題を提起した。 のみならず、マネジメント教育に力を入れた。 プロフェッショナルとしてのマネジメントの必要性を世界で最初に理解したのが渋沢だった。 明治期の日本の経済的な躍進は、渋沢の経営思想と行動力によるところが大きかった。

No.4612あたり

むしろそのはるか前の時代のリーダーたちのほうが、 企業の社会的責任を正面からとらえていた。 日本の明治の渋沢栄一であり、第一次世界大戦前のドイツのヴァルター・ラーテナウだった。

イノベーションと企業家精神(1985)

No.1632あたり

この「テクノロジストの条件」の第12章にも同様の記述があります。 (もとは1985年に「ハーバード・ビジネス・レビュー」に載ったもの)

1860年代にペレールの銀行が失敗した後、三人の若者がベンチャー・キャピタルの概念に商業銀行の知識を結合させた。

(中略)

そして三人目は、はるか遠くの東京の若者、日本人として初めてヨーロッパの銀行をその目で見、 パリと、ロンドンのロンバート街で過ごしたことのある渋沢栄一だった。 彼はいわば日本型のユニバーサル・バンクを設立し日本経済の基礎をつくった。

No.1686あたり

技術上の知識以外の知識によるイノベーションにおいても分析が必要である。 近代銀行の設立についてJ・P・モーガンやゲオルク・ジーメンスは何も書き残していないが、 渋沢栄一の書いたものによれば、彼が、利用できる知識と必要な知識を分析したうえで、 政府におけるそれまでの経歴を捨てて銀行を設立したことがわかる。

No.1751あたり

およそ100年前、J・P・モーガンは重点を占拠する戦略を選び、 アメリカの産業さらには資本不足国としてのアメリカそのものにヨーロッパ資本を 投資させるためのパイプ役となった。同じ頃、ドイツのゲオルク・ジーメンスと 日本の渋沢栄一はシステム全体を手に入れる戦略を選んだ。

No.1803あたり

銀行についても同様だった。モーガン、ジーメンス、渋沢など 近代銀行の父たちに続いて、ヨーロッパと同じようにアメリカでも爆発的な銀行の設立ブームがあった。

参考文献